(つゞく 「
炉開きを終えて思うこと1 飯」)
茶事の本意は濃茶というに、懐石の話が続いて恐縮ではあるが。
開炉の折、生徒が、茶事ではいつも大事な濃茶のころ満腹で眠くなる、と云う。
亭主も千鳥の盃で、いい気分であるし、いいのではなかろうかと答えておいた。

開炉の懐石は、亭主の私が作る一汁三菜である。
それでも、八寸、湯桶に漬物と続くし、なにより飯が多いので結構な量にはなる。
茶事に招かれると食べ疲れるという知人がいるが、そう云われてみると、そうかも知れない。
食事会ならば、満腹感は満足につながり、食べ疲れなどというものはない。
しかし、茶事で、濃茶に全霊で向かおうとする時、満腹は集中を妨げる。
懐石
本来の意味にするならば、一汁二菜、いや
一汁一菜でもいいのだろう。
飯、汁、向付、箸洗、八寸、湯桶と漬物。
そうなると、酒は二献か。
開炉では、祝意をこめて
一汁三菜はあった方が適当だろうが、日々の茶事に
一汁一菜を試してみようと思っている。
強肴、預鉢付きに慣れた方には、物足りないだろうが、濃茶を召し上がる時の心持が深ければ、それも良い。
しかし、冒頭のように、うつらうつらとした中で濃茶をいただくのも、ほろ酔い加減で濃茶を練るのも、個人的には嫌いではない。

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