「利休七種(または長次郎七種)」と呼ばれる茶碗、大黒・鉢開・東陽坊(以上黒)・早船・
木守・検校・臨済(以上赤)がある。
この七碗がいつ頃選ばれたか知らないが、庸軒流茶法を記した『茶道望月集』(1723)に名高い「楽焼」として列挙がみられる。
楽焼名物茶碗并持主
利休好
一、
木守リ 赤
一、
大黒ロ 元利休所持黒也
同断黒
一、
鉢開キ 元大徳寺ニ有、三斎公所持、今紀州ニテ妙心寺流ノ僧大慶所持也
同断黒
一、
東陽坊 元真如堂ノ僧所持 後武田杏仙所持
同断赤 利休ノ文アリ
一、
早船 元南都ノ寺ニ有、後森村五郎兵衛、其後那波正斎ニ有
同断赤
一、
検校 武部素閑所持 今ハ薩摩や道保ニ有
同断赤
一、
臨済 織田有楽公所持、今ハ同監物殿ニアリ
右七種
(『楽茶碗』礒野風船子著、河原書店)
『茶道望月集』よりも半世紀以上前の『蓬源斎書』(『蓬源斎書』の草稿と考えられる『江岑夏書』の奥書は1663)に、黒三種が「長次郎焼」として記される。
墨(黒)茶碗之事長二郎焼、休所持被成候
大黒、
東陽坊、少ゟ旦ヘ参、二ツ共ニ見
事なる事ニ候、大黒は後藤少斎、百メ(貫)ニ取申候、東陽坊は武田道安ニ在之候、
大墨(黒)之事ニ付、小黒と申茶碗御入候、重而様子可申候、高桐院ニ在之候
はち
ひらい(緑水庵註:鉢開)と申黒茶碗、三斎所持候テ高桐院へ申候
また、赤四種が『江岑咄之覚』(1648から1672の間)に、利休が銘を付けた名高い「京焼」と記される。
一、宗易、京やき茶碗名を付候、名物
はや船、
きまもり、
りんざい、
けんきょう
なお、同書により赤四種の内、これまで長次郎七種と称されてきた「早船」「臨済」は長次郎作ではないことが明らかとなっている。
一、
早舟ノ茶わん、駿河と申人才(細)工焼、古、少庵ニ有
一、
りんさい、有楽焼也
(『江岑夏書』『江岑咄之覚』ともに『江岑宗左茶書』主婦の友社)
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