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2012年 08月 01日
![]() 伏見で島津候云々の逸話は、『水産植物学』により、『大日本水産会報告第16号』(明治16年・1883)の桂香亮著「凍瓊脂の説」が基となっていると確認できた。 残念ながら『大日本水産会報告』を手にできなかったので、『水産植物学』の孫引きで以下に載せる。 余談ながら、「瓊脂ケイシ」は心太に当たる漢名なので、「凍瓊脂」は寒天だろうが、当時「寒天」と云ふ語は既にあるのに「凍瓊脂」を使っている。 沿革 夫れ凍瓊脂製造の濫觴と唱へ来るや。明暦年間、島津大隅守幕府へ参勤 の途次、山城国紀伊郡伏水駅御駕籠町(美濃長左衛門十一世の祖)美濃太郎右 衛門なる者方へ休泊ありきたり一日、太郎左衛門(緑水庵註:マヽ)石花菜を煮詰め以 て、膳部の一部に供し、其残余を廃却せしに、冱天厳寒の候に忽ち氷結しては、宛 も干物の如き凝質に化せし。於是太郎左衛門甚奇異の想ひを起し、百方工夫を運ら し、形状(長方形)を作為し、以て凍瓊の干物と名く。食物の一部に置くと云ふ。降て 万治年間、帰化の僧隠元(緑水庵註:伏見に近い宇治萬福寺の開山)なる者、寒中に製する を以て、之を寒天と称すと云ふ。爾来諸国へ販売し、明和年間迄は伏水特有の名産 たりしが、是れより経年、同業者増加し、遂に二十戸余に及び摂・丹地方に広まる。 年一年より盛大に至りしが、元治初年頃より世の変遷に依り、大に盛衰ありと雖も、 美濃長右衛門なる者は今に於て此業を営めり … (緑水庵註:句読点を附した) 『水産植物学』でも、桂香亮が根拠となる資料を掲げていないことを指摘しているが、明治16年に伏見で寒天業を営んでいた美濃家の資料であろうと推量している。 創始年代については、正保(1645-1648)・明暦(1655-1658)・万治年間(1658-1661)の三説ある。 正保の根拠は『寒天誌』(1923)に名倉宗太郎氏が「正保4年11月、島津侯が云々」を記している(『水産植物学』)。 明暦説は『風俗』第15巻(1997)に、尾崎直臣氏が「寒天の起源についての一考察」の中でも考察している(『信州寒天業発達歴史』)。 以上、寒天の起源の定説となっている出典文献「凍瓊脂の説」が、創始より時代がかなり下がるので、全面首肯できたわけではないが、とりあえず調べはここまで。 識者のご助言をいただきたい。 参考文献 『水産植物学』 植田三郎・岩本康三・三浦昭雄共著 恒星社厚生閣 1963 『寒天ハンドブック』 林金雄・岡崎彰夫共著 林琳書院 1970 『海藻』(ものと人間の文化史) 宮下章著 法政大学出版局 1974 『信州寒天業発達歴史』 矢崎孟伯著 銀河書房 1993 (参照 「銀二貫」) ![]()
by ryokusuian
| 2012-08-01 11:43
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