(つゞく 「
卯杖・卯槌2」)
一説に、
蘇民将来符は卯杖・卯槌を模し、その卯杖・卯槌の起源は剛卯
ゴウウと云う。
しかし、見た目は蘇民将来符の方が卯杖・卯槌より剛卯に近い。
『江馬務著作集 第8巻』に「白玉、黒犀、象牙、桃木などで四角、六角、八角のものを作り、(中略)、これを剛卯といふ」
又「卯槌は桃の木でつくり、形は四角もしくは六角、八角で」とある。
しかし、剛卯について、『九十九王莽』に「長三寸廣一寸、四方
(緑水庵註:長さ3寸の1寸四方)」、また『三十輿服』には「靈殳四方赤青白黄四色、是當
(緑水庵註:霊厳あらたかな四方の戈、赤青白黄の四色が四方に相当する)」とあり、剛卯は四角柱である。
また、卯槌にしても、古文献では『江家次第』に「卯槌、(中略)、四方可削、近代丸也」のみで、六角や八角は見つけられなかった。
それはともかく、蘇民将来符は六角もしくは八角である。
京祇園社(現八坂神社)の(上)は、旧6月の御霊会(現7月の祇園祭)の護符で、八角柱。
信濃国分寺の蘓民将来符(参照「その2」)は、1月7日・8日の八日堂縁日に参拝者に授ける護符で、ドロヤナギ(泥の木)材の六角錐。
私はこの二社寺のしか持っていないが、他にも全国各地に蘇民将来符が伝承すると聞く。
ちなみに、御嶽神社(亀戸天神)の卯槌は六角柱。
神社で六角 … 鈴緒についた六角桐枠、おみくじの六角振出箱、同じ起源かしら。
参考
八坂神社、
信濃国分寺、
上田市デジタルアーカイブポータルサイトの
蘓民将来符
(上田市デジタルアーカイブポータルサイト、見応えあり!)
(つゞく 「
卯杖・卯槌4」)
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